当社は人材会社である以上、人材登録のための面接を行います。私も面接官として登録希望者の方と面接することが多くありますが、いろいろな方がいらっしゃいます。
先日のある登録希望者との面接時のこと。
いつものように過去の業務経験の内容を伺ったところ、学生時代の研究テーマから始まり、人生哲学などを交え、まだ聞いてもいない退職理由やら志望動機やら機関銃のように一方的にまくし立てられ、私は一言も発せずに苦笑しながら10分以上聞き役に徹していなければなりませんでした。隙を見て私が質問を挟み始めると、その言葉が終わらないうちにまた機関銃乱射が始まるので、結局こちらは終始イニシアティブを取ることができず、終わった頃はへとへとになった覚えがあります(その登録者の方は意気揚々と帰っていかれました・・・)。
話は少し変わりますが、以前とある営業研修でとても印象深い講義があったのを思い出しました。
そこで推奨されていたのは「喋らない営業」でした。
多くの営業マンは喋り過ぎであり、「今日はあまり喋らなかったな」と思う日こそ、さらにその半分でよかったと反省せよ、というのです。
・・・そんなことがあるかいな!喋ってこそ営業マンではないのか?と思ったものですが、実はそれこそが重大な了見違いでした。
人というものはえてして相手の話を聞き続けるのは苦痛であり、逆に自分主導で話をするのは最も心地よいものである・・・。つまり、営業マンが自分の言いたいことを自由に喋り続ければ続けるほど、お客はどんどん退屈していき、「早く終わってくれないかなぁ」と次第に嫌悪感すら覚えていく、というのです。むしろ営業マンは質問を主体とし、お客に多く喋らせることによって、心の壁や抵抗心が取り払われ、信頼関係が築かれていく、という意味が込められていたのです。要するに、聞き上手になるということですね。さらにこちらが話したいことは、逆にお客に質問させるよううまく興味を喚起させて会話をコントロールするのが上手な営業であるということでした。
またクロージング(お客に決断を迫る)時には、「喋らない」ことによって静寂の間(ま)を演出します。この間がお客に対する文字通り「無言」の圧力となり、お客も思い切った決断をしやすい、という効果もあります。
あくまで「自分主導で喋らない」ことを貫くわけです。話し下手な営業マンでありながら営業成績がいいという例が多いのも、これらのことと関係があるのかもしれません。
さて、就職(面接)活動も「自分」という商品をプレゼンテーションする一種の営業であると考えれば、このことは大いに参考になります。
面接の鉄則として、「喋り過ぎてはいけない」ということはよく言われます。
先ほどの登録面接は極端な例ですが、質問に対して結論から答えない(理由から応える)がために、くどくどとした回答になってしまう傾向の方は結構多くいらっしゃいます。それは面接官の興味とは違う部分を延々と話すわけですから、一歩間違うと面接官を退屈にさせ、いらいらさせ、挙句にはコミュニケーション能力不足の悪評価を受けてしまいます。ポイントは面接官の主導権を奪わないということです。
面接官もお客も1人の「人」です。人である以上は好き嫌いもあれば、楽しかったりつまらなかったりの人並みの感情を持っています。正しいプレゼンテーションさえすれば自ずと正しい評価をしてくれると安易に信じずに、「人」の気持ちを十分に汲み取った会話を心がけたいものです。その心得こそが「喋らない営業」なのでしょう。
「喋らない営業」。なかなか奥が深いんです。